窓の外では、雪が静かに降り続いていた。私は一人暮らしのアパートの窓辺に座り、手の中のホットコーヒーから立ち上る湯気を眺めながら、遠い日の記憶に思いを馳せていた。
あの頃、私たち家族は古びた一軒家で暮らしていた。リビングには大きなラグが敷かれていて、それは母が結婚祝いにもらった思い出の品だった。茶色と白のやさしい模様が織り込まれたそのラグの上で、私たち家族は毎晩のように集まっていた。
父は新聞を読みながらも、時々私たち子どもの話に耳を傾け、温かな笑顔を見せてくれた。母は編み物をしながら、学校であった出来事を話す私と妹の声に相づちを打ち、時には優しいアドバイスをくれた。妹は宿題をしながらも、時々私にちょっかいを出してきて、そんな時は母に叱られるのが常だった。
ラグの上には、いつも穏やかな空気が流れていた。外は寒くても、そこだけは不思議と温かかった。それは単に暖房の効果だけではなく、家族の存在が作り出す特別な温もりだったように思う。
夕食後、テレビを見ながらみんなでお茶を飲む時間が、私は特に好きだった。母の入れる緑茶の香りと、父の読む新聞のインクの匂い、妹が宿題をする時の鉛筆の音。それらが混ざり合って、心地よい生活のリズムを作っていた。
時には些細なことで言い合いになることもあった。しかし、そんな時でもラグの上での団らんの時間が来ると、自然と心が落ち着いていった。まるでそのラグには、家族の絆を強める不思議な力があるかのように。
今、私はその頃の写真を見返すことがある。ラグの上で笑顔を見せる家族の姿。その写真を見るたびに、あの頃の空気感が鮮明によみがえってくる。父の低い声で語られる仕事の話、母の優しい手つきで編まれていくセーター、妹の無邪気な笑い声。
あれから随分と時が過ぎ、私たちはそれぞれの道を歩んでいる。父は定年を迎え、母は今も趣味の編み物を続けている。妹は遠く離れた街で新しい家族を作った。そして私は、都会の片隅で一人暮らしをしている。
たまに実家に帰ると、あのラグは今でもリビングに敷かれている。色は少し褪せ、端の方は少しすり切れているけれど、昔と変わらない温かさを感じる。その上に座ると、まるであの頃に戻ったような気持ちになる。
今夜も雪は静かに降り続いている。窓の外の街灯に照らされた雪は、まるで天からの手紙のように見える。私は冷めかけたコーヒーを一口飲み、スマートフォンを手に取る。家族のグループLINEには、相変わらず日常の些細なやり取りが続いている。
画面越しではあるけれど、そこには確かに家族の温もりがある。距離は離れていても、心はあの頃のラグの上にいた時と同じように近い。そう思うと、少し寂しかった心が温かくなっていく。
明日は久しぶりに実家に帰ろう。あのラグの上で、また家族と一緒に過ごす時間を作ろう。そうすれば、きっとまた新しい思い出が紡がれていくはずだ。そんなことを考えながら、私は静かに目を閉じた。窓の外では、雪が優しく降り続けていた。
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