窓から差し込む柔らかな陽光が、リビングに置かれたラグの上で優しい陰影を作っていた。この家で50年以上を過ごしてきた私たち夫婦にとって、このラグは特別な存在だ。結婚して間もない頃に二人で選んで買った思い出の品。時を重ねるごとに味わいを増し、今では私たちの生活に欠かせない安らぎの場所となっている。
「お茶が入ったわよ」と妻が言いながら、お気に入りの急須とティーカップを持ってやってくる。香り高い日本茶の芳ばしい香りが部屋に広がる。私は新聞から目を離し、ゆっくりとラグの上に腰を下ろす。妻も私の隣に座り、いつものように穏やかな会話が始まる。
「今日の天気はいいわね」と妻が言う。確かに、青空が広がる絶好の天気だ。「そうだね。庭の紫陽花も日を浴びて、とても綺麗だ」と私は応える。窓越しに見える庭の紫陽花は、雨の多い季節を経て、今を盛りと咲き誇っている。
私たちは時折、このラグの上で昔話に花を咲かせる。結婚当初の苦労話や、子どもたちが小さかった頃の思い出話。懐かしい記憶が、まるで古いアルバムをめくるように次々と蘇ってくる。「覚えてる？あの頃、このラグの上で子どもたちがよく遊んでいたわね」と妻が微笑む。「ああ、本当だね。今では孫たちが同じように遊んでいるよ」
お茶を飲みながらの語らいは、私たちの日課となっている。テレビもつけず、スマートフォンも手に取らず、ただ二人でゆっくりと時を過ごす。そんな時間が、私たちにとってかけがえのない宝物なのだ。
「今度の日曜日、孫たちが来るのよね」と妻が言う。「そうだね。また賑やかになるだろう」と私は答える。孫たちが来る日は、このラグの上が遊び場となる。積み木を並べたり、絵本を読んだり。その姿を見ているだけで、心が温かくなる。
時には黙って、お互いの存在を感じながら過ごすこともある。長年連れ添った夫婦には、言葉がなくても通じ合える瞬間がある。窓の外を眺めながら、静かに寄り添う時間。それもまた、私たちの大切な日常の一コマだ。
「このラグ、随分と古くなったけれど、まだまだ大丈夫ね」と妻が言う。確かに端は少し擦り切れているが、丁寧に使い続けてきたおかげで、まだまだ私たちの生活を支えてくれている。「このラグには、私たちの人生が詰まっているようなものだからね」と私は答える。
季節が移り変わり、窓の外の景色も変化していく。春には桜が舞い、夏には緑が生い茂り、秋には紅葉が色づき、冬には雪が降る。そんな四季の移ろいを、このラグの上から眺めながら過ごしてきた。
「お茶をもう一杯いれましょうか？」と妻が立ち上がる。「ありがとう」と私は頷く。新しいお茶が注がれ、また穏やかな時間が流れ始める。この日常の繰り返しが、私たちの幸せなのだと実感する。
時には子どもたちが訪ねてきて、このラグの上で家族団らんの時間を過ごす。成長した子どもたちの話を聞きながら、私たち夫婦は静かな喜びを感じる。彼らもまた、このラグの上での思い出を大切にしているのだろう。
「このラグで、まだまだたくさんの思い出を作っていきたいわね」と妻がつぶやく。「そうだね。これからも二人で、ゆっくりと時を重ねていこう」と私は答える。これまでもこれからも、このラグは私たち夫婦の物語の証人であり続けるだろう。
外では鳥のさえずりが聞こえ、風が木々を揺らす音が響く。自然の音が BGM となって、私たちの穏やかな午後は続いていく。時計の針はゆっくりと進み、夕暮れが近づいてくる。
「今日も良い一日だったわね」と妻が言う。私は黙って頷き、妻の手を優しく握る。このラグの上で過ごす時間は、何物にも代えがたい幸せな時間。これからも二人で、このかけがえのない日々を大切に紡いでいきたい。
そして今日も、私たちはラグの上で静かな幸せを分かち合う。明日も、その次の日も、きっと同じように穏やかな時が流れていくことだろう。それは私たち老夫婦にとって、最も愛おしい日常なのだ。
コメント