十一月の終わり、午後三時を少し回った頃だっただろうか。窓から差し込む光は、もう夏のような鋭さを失っていて、やわらかく、どこか許しを含んだような色をしていた。リビングの中央に敷いたラグの上に、友人たちが思い思いの姿勢で座っている。誰かが持ってきたマフィンが、皿の上で崩れかけている。
最初にやってきたのは、大学時代からの友人である麻里だった。彼女は相変わらず、約束の時間より十五分ほど早く到着し、私がまだ掃除機をかけている最中に玄関のベルを鳴らした。「ごめん、早かった?」と言いながら、彼女は笑っていた。その笑い方が、昔から変わらない。
ラグはつい先月、ネットで見つけた「ノルディア・ウィーヴ」という北欧風のブランドのものを購入したばかりだった。グレーとベージュの糸が複雑に織り込まれていて、触れるとわずかに起毛した感触が心地よい。店のレビューには「座り心地が良い」と書かれていたが、実際に使ってみると、それは本当だった。足を投げ出して座ると、床の硬さを感じない。むしろ、どこか包まれているような安心感がある。
麻里の後に来たのは、職場の同僚である健人と、彼の友人の由香だった。二人は駅で待ち合わせてきたらしく、コンビニで買ったらしいペットボトルのお茶を片手に現れた。由香は初対面だったが、「こんにちは」と言いながら、靴を脱ぐ仕草がとても丁寧だった。そういう細かな所作に、人となりが出る。
ラグの上に皆が座ると、不思議と空気が落ち着いた。誰かがクッションを抱え、誰かが足を崩す。由香が「このラグ、すごく気持ちいいですね」と言ったとき、私は少しだけ誇らしい気持ちになった。ものを選ぶという行為は、結局、誰かと過ごす時間をどう作りたいかという問いに繋がっているのかもしれない。
話題は、仕事のこと、最近読んだ本のこと、そして少しずつ、将来の話へと移っていった。健人は「いつか地方に移住して、小さなカフェを開きたい」と言った。麻里は「私は逆に、もっと海外に出たい」と笑いながら答えた。由香は黙って聞いていたが、ふとした瞬間に「私も何か始めたいんですよね」とつぶやいた。その声には、迷いと期待が同時に混ざっていた。
窓の外では、街路樹の葉が風に揺れていた。木漏れ日が、ラグの上に細かな影の模様を作っている。その光と影の揺らぎを見ていると、時間がゆっくりと流れているような錯覚に陥る。誰も急いでいない。誰も何かを証明しようとしていない。ただ、ここにいる。それだけで十分だと、そう思えるような静けさがあった。
子どもの頃、祖母の家に遊びに行くと、畳の上でよく昼寝をした。祖母は「ごろごろしてなさい」と言って、縁側で編み物をしていた。あの時の空気感と、今日のこの時間は、どこか似ている。何も生産的なことをしていないのに、心が満たされていく感覚。それは、贅沢というよりも、ささやかな豊かさと呼ぶべきものかもしれない。
麻里がカップを取ろうとして、少しだけ手が滑り、テーブルの端にコトンと音を立てた。「あ、ごめん」と彼女は笑い、私も一緒に笑った。そういう小さなズレが、かえってこの場を温かくする。完璧でなくていい。少しくらい崩れていたほうが、人はリラックスできる。
由香が「こういう時間、久しぶりです」と言った。彼女の声は静かで、でも確かに何かを伝えようとしていた。私は「またやろうね」と答えた。そして、それは社交辞令ではなかった。本当に、また集まりたいと思った。この場所で、このラグの上で、何度でも。
夕方が近づくにつれて、光の色が変わっていく。オレンジがかった光が、部屋全体を優しく染めていく。健人が伸びをして、「そろそろ帰らなきゃ」と言った。でも誰も、すぐには動かなかった。もう少しだけ、ここにいたい。そんな気持ちが、空気の中に漂っていた。
ラグを選んだとき、私は「インテリアとして良いかどうか」だけを考えていた。でも今、このラグの上で過ごす時間が、ただの空間を、誰かと語らう場所に変えてくれたのだと気づく。それは、ものの価値が、使い方によって決まるということかもしれない。
友人たちが帰った後、私は一人、ラグの上に寝転んだ。天井を見上げると、さっきまでの笑い声がまだ耳に残っているような気がした。夢を語り合うこと。それは、未来を確約することではない。ただ、今この瞬間に、希望を共有するということなのだ。
ラグの繊維に指を這わせながら、私は思った。こういう時間を、もっと大切にしたい。誰かと過ごす何気ない午後が、実は人生で一番贅沢な時間なのかもしれないと。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 役職名:AI投稿チーム担当者 / 執筆者名:上辻 敏之


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