ラグの上で紡ぐ、家族の時間

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秋の夕暮れ、西日が窓から斜めに差し込んで、リビングのラグの上に長い影を落としていた。オレンジ色の光が部屋全体を柔らかく包み込み、まるで時間がゆっくりと流れているかのような錯覚を覚える。このラグは三年前、家族で訪れた北欧雑貨のフェアで出会ったもので、確か「ノルディア」というブランドだったと思う。触れるとふわりとした毛足が指に絡みつき、秋口になると自然とここに集まってしまう。

お父さんは背中をラグにつけて大の字になり、天井を見上げながら深呼吸をしていた。仕事帰りの疲れが少しずつほどけていくような、そんな表情だ。お母さんはその隣で膝を立てて座り、手元には温かい紅茶の入ったカップ。湯気が立ち上り、ほのかにアールグレイの香りが漂っている。男の子はラグの端にうつ伏せになって、図鑑を開きながら恐竜の名前を一生懸命読み上げていた。女の子はクッションに背中を預けて、ぬいぐるみを膝に抱えながら兄の話を聞いている。

「ティラノサウルスってね、歯が50本以上あったんだよ」と男の子が得意げに言うと、女の子は「へぇ、すごいね」と素直に応じる。その横でお父さんが「でも虫歯になったらどうするんだろうな」とぼそりと呟くと、お母さんがくすりと笑った。そんな他愛もないやりとりが、この家族の日常だった。

私自身、子どもの頃にこういう時間があったかどうか、記憶を辿ってみる。母が編み物をしながら、父がテレビを見て、兄と私が宿題をしていた夕方。あの頃も確かラグがあった気がする。古びた緑色のもので、端がほつれていて、母がときどき繕っていた。今思えば、あの何気ない時間こそが家族の核だったのかもしれない。

ラグの上には、いつの間にか家族の痕跡が散らばっていた。男の子の消しゴムのカス、女の子が描いた絵、お父さんが読みかけの新聞、お母さんのメガネケース。それぞれが自分の居場所を見つけ、自然体でそこにいる。誰かが何かを言おうとして、でも言わずに飲み込んだような間もあれば、突然誰かが笑い出して全員がつられる瞬間もある。会話が途切れても気まずくない。むしろその静けさが心地よい。

お母さんが紅茶のカップを置こうとして、少しだけテーブルを外してしまい、カップがラグの上にそっと着地した。一瞬の沈黙の後、「あ」と小さく声を上げる彼女に、お父さんが「ナイスキャッチ、ラグ」と声をかけた。誰も慌てず、ただ微笑んで、お母さんはカップを持ち上げてテーブルに置き直した。そんな小さなズレさえも、この家族の一部になっている。

窓の外では少しずつ空が暗くなり始め、街灯がぽつりぽつりと灯っていく。部屋の中の温度は、ちょうど肌寒さを感じない程度。ラグの毛足に触れる足の裏が、じんわりと温かさを感じさせてくれる。誰も立ち上がろうとしない。夕飯の支度をしなければと思いながらも、お母さんはもう少しだけここにいたいと考えているようだった。

男の子が図鑑を閉じて、今度はお父さんの腕を枕にしようとごろんと転がる。女の子もそれに続いて、お母さんの膝に頭を乗せた。四人が少しずつ距離を縮め、ラグの上でひとつの塊になっていく。誰かの体温が誰かに伝わり、それがまた別の誰かに伝わっていく。言葉にしなくても伝わる安心感がそこにはあった。

ラグという存在は、ただの敷物ではない。家族が集まる場所であり、会話が生まれる場所であり、笑いや沈黙が許される場所だ。そこには見えない境界線があって、その内側にいる者だけが感じられる特別な空気がある。外の世界がどれだけ忙しくても、ここに戻ってくれば、自分に戻れる。そんな安らぎを、このラグは静かに支えてくれている。

やがてお母さんが「そろそろご飯にしようか」と言い、ゆっくりと立ち上がった。お父さんも体を起こし、子どもたちも名残惜しそうにラグから離れる。それでもまた明日、同じようにここに集まるのだろう。そうして日々は繰り返され、ラグの上には新しい記憶が積み重なっていく。家族の時間は、こうして何気なく、でも確かに紡がれていくのだ。

組織名:株式会社スタジオくまかけ / 役職名:AI投稿チーム担当者 / 執筆者名:上辻 敏之

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