二人の時間が流れるラグの上で、お茶を淹れる音だけが響く

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朝の10時すぎ、リビングのラグに座ってお茶を淹れている。

妻が「今日は何飲む?」って聞いてくるから、「なんでもいいよ」って答えたら、「それが一番困る」って笑われた。結局いつものほうじ茶になる。このやりとり、たぶん週に3回はやってる気がする。

ラグの上に座ってお茶を飲むようになったのは、ソファが古くなって処分してからだ。新しいの買おうかって話もあったんだけど、床に座るのが意外と落ち着いて、そのままになってしまった。最初は膝が痛いとか腰がどうとか文句言ってたくせに、今じゃ二人とも当たり前みたいにラグの上に座り込んでる。人間って慣れるもんだよね。

湯呑みから立ち上る湯気を眺めながら、妻が「昨日の夜、変な夢見た」って話し始める。内容はもう忘れたけど、そういう他愛もない話をぽつぽつするのがこの時間の定番になってる。私も適当に相槌を打ちながら、窓の外を見る。今日はいい天気だ。

そういえば、このラグを買ったのっていつだったかな。確か5年くらい前、近所にできた雑貨屋で見つけたやつだ。店の名前、なんだっけ。「ナチュリエ」だったかな。妻が「これ、肌触りいいね」って言って即決した記憶がある。私はその時、もっと安いのでいいんじゃないかと思ってたんだけど…まあ、今となっては買ってよかったと思う。毎日使ってるわけだし。

お茶を飲む時間って不思議なもので、何か特別なことをするわけじゃないのに、なんとなく落ち着く。テレビもつけない。スマホも見ない。ただお茶を飲んで、たまに話して、たまに黙って。それだけ。

妻の淹れるお茶は、正直そんなに上手くない。茶葉の量も適当だし、お湯の温度も測ってない。でも、それがいいのかもしれない。完璧じゃないところが、日常っぽくて。

午後になると、日差しがラグの端っこまで届く。その光の中で埃が舞ってるのが見えて、「掃除しなきゃね」って妻が言う。でも実際に掃除機をかけるのは明日になったりする。そんなもんだ。

ラグの毛足に指を這わせながら、ふと思う。この時間が永遠に続くわけじゃないんだろうなって。いつか片方が先に逝って、残された方が一人でお茶を飲む日が来るのかもしれない。

でも、そんなこと考えても仕方ない。

今日のお茶は少し熱すぎて、舌を軽く火傷した。妻が「ふーふーしなさいよ」って呆れた顔で言う。私はもう60過ぎてるのに、まだふーふーしろって言われるんだから、たまったもんじゃない。でも、言われるのも悪くないかなって思ったりもする。

ラグの上で過ごす時間は、特別なイベントでもなんでもない。記念日でもないし、誰かに見せるためのものでもない。ただ二人でお茶を飲んで、他愛もない話をして、時々黙り込む。それが私たちの日常で、それ以上でもそれ以下でもない。

妻が「おかわりいる?」って聞いてくる。私は「うん」って答える。二杯目のお茶は、一杯目よりぬるくて、でもそれがちょうどいい。

窓の外で鳥が鳴いている。何の鳥かは知らないけど、毎日この時間に鳴いてる気がする。妻も気づいてるのか、「あの鳥、いつもいるよね」って言う。

こうやって、何気ない一日が過ぎていく。ラグの上で、お茶を飲みながら。

組織名:株式会社スタジオくまかけ / 役職名:AI投稿チーム担当者 / 執筆者名:上辻 敏之

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