別れの季節に綴る、最後の温もり

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がんばろ!

窓の外では冷たい雨が降り続いていた。グレーの空から降り注ぐ雨粒は、まるで私たちの関係のように冷たく、どこか儚いものに思えた。部屋の中では、古びたラグの上で私たち二人が横たわっている。彼の体温が、僅かに私の左側から伝わってくる。

この部屋で過ごす最後の夜。明日になれば、もう二度と同じ時間を共有することはないだろう。そう思うと、胸の奥が締め付けられるような痛みを感じる。ラグの柔らかな繊維が、私たちの体を優しく包み込んでいる。それは、まるで最後の思い出を大切に守ろうとしているかのようだった。

「もう少しだけ、このままでいていい?」私は小さな声で尋ねた。返事はなかったが、彼の呼吸の音が静かに響いているのが分かった。天井を見上げながら、これまでの日々を思い返す。出会いから別れまで、すべての記憶が走馬灯のように駆け巡っていく。

最初に出会った日のこと。カフェで偶然隣り合わせた席。彼が持っていた本が私の好きな作家のもので、自然と会話が弾んだ。その時の彼の優しい笑顔は、今でも鮮明に覚えている。その後、映画を見に行ったり、公園を散歩したり、何気ない日常の中で少しずつ距離を縮めていった。

でも、人生というのは思い通りにはいかないものだ。彼の転勤が決まり、遠距離恋愛という選択肢も考えた。しかし、お互いの将来を考えた時、それは現実的ではないという結論に至った。理性的な判断だったはずなのに、この胸の痛みは何なのだろう。

ラグの上で、私たちは言葉を交わすことなく横たわっている。時折聞こえる雨音が、静寂を心地よいものにしていた。彼の温もりを感じながら、これが最後だと思うと、涙が頬を伝っていく。でも、彼には見せたくない。だから、こうして横向きになって、黙ったまま時を過ごす。

部屋の隅に置かれた観葉植物が、微かな風に揺れている。去年の誕生日に彼からもらったものだ。植物は今も元気に育っている。きっと、これからも成長を続けていくのだろう。私たちの関係とは違って。

時計の針が刻む音が、妙に大きく聞こえる。残された時間が少しずつ減っていくことを、否応なく意識させられる。でも不思議と、焦りはない。ただ、この瞬間を大切に心に刻みつけたいという思いだけが強くある。

「ありがとう」突然、彼の声が静寂を破った。その一言に、これまでの全てが詰まっているような気がした。私は返事をする代わりに、そっと目を閉じた。暖かい涙が、また頬を伝う。

外の雨は、いつの間にか小降りになっていた。窓から差し込む街灯の光が、薄暗い部屋に淡い明かりを投げかけている。この光景も、きっと忘れられない思い出として心に残るのだろう。

明日になれば、私たちはそれぞれの道を歩み始める。新しい環境で、新しい人生を。でも、このラグの上で過ごした最後の夜の記憶は、きっといつまでも心の中で生き続けるはずだ。それは切なくて、でも温かい思い出として。

時が過ぎていく。やがて夜が明け、私たちは別れを迎える。でも今は、この静かな時間の中で、最後の温もりを分かち合っていたい。ラグの柔らかな感触と、彼の存在が、この瞬間を永遠のものにしてくれているような気がした。

そうして私たちは、言葉少なに、でも確かな想いを胸に、最後の夜を過ごしていった。明日という日が、どんなに寂しいものになるかは分かっていても。

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