窓から差し込む陽の光が、リビングに敷かれた古いラグの上で優しく踊っていた。私たち夫婦がこのラグを購入したのは、確か結婚して間もない頃。もう40年以上も前のことになる。織り目は所々擦り切れ、色も随分と褪せてしまったけれど、二人の思い出が染み込んだような、かけがえのない品となっている。
妻の淹れる緑茶の香りが、穏やかな午後の空気に溶け込んでいく。テーブルの上には、先日孫たちが描いてくれた絵が飾られている。色とりどりのクレヨンで描かれた私たち夫婦の姿を眺めながら、自然と笑みがこぼれる。
「ねえ、覚えてる？このラグを買いに行った日のこと」妻が懐かしそうな表情で話しかけてきた。「ええ、もちろんさ。君があまりにも気に入って、予算オーバーだったのに無理して買っちゃったんだよね」私は微笑みながら答える。「でも、これを選んで正解だったわね。こんなに長く私たちと一緒にいてくれるなんて」
確かにそうだ。このラグの上で、私たちは数えきれないほどの時間を過ごしてきた。子どもたちが初めて歩いた思い出も、家族で団らんを楽しんだ日々も、すべてこのラグが見守ってくれていた。今では子どもたちも独立し、孫たちが遊びに来る時を楽しみに暮らす日々となった。
妻は立ち上がり、台所からお茶菓子を持ってくる。今日は近所のお菓子屋さんで買った季節の和菓子だ。「このお菓子、美味しいわね。来週孫たちが来る時にも買っておこうかしら」妻の言葉に、私も頷く。確かに、孫たちはお菓子が大好きだ。
窓の外では、庭に植えた花々が風に揺られている。季節の移ろいを感じながら、私たちは穏やかな時間を過ごしている。かつては仕事に追われ、慌ただしい日々を送っていた。でも今は、こうしてゆっくりと時間が流れていくことを心から愛おしく感じられる。
「そういえば」と妻が話し始める。「先日、娘から電話があってね。来月の連休に、家族で泊まりに来たいって」嬉しそうに告げる妻の横顔が、午後の陽光に照らされて輝いているように見えた。「それは楽しみだね。久しぶりに賑やかになりそうだ」
私たちは、これからの予定を話し合いながら、また一つずつお茶を口に運ぶ。長年連れ添ってきた二人には、言葉にならない空気感で相手の考えていることが分かるようになっていた。時には黙っていても、心地よい時間が流れていく。
このラグの上での語らいは、私たちの日課となっている。朝には新聞を広げ、夕方にはお茶を飲みながら一日の出来事を話し合う。些細な日常の営みだけれど、これこそが私たちの幸せなのかもしれない。
「このラグ、もう少し大切にしないとね」妻が優しく微笑む。「そうだね。まだまだ私たちと一緒に、たくさんの思い出を作っていかなきゃいけないからね」私も笑顔で応える。
外では小鳥のさえずりが聞こえ、風が木々を揺らす音が心地よい。時計の針はゆっくりと進み、夕暮れが近づいてきている。妻は立ち上がり、夕食の支度を始める時間だと告げる。私も台所に向かい、できる範囲で手伝いをする。
長年の生活で自然と身についた二人の動きは、まるで優雅なダンスのようだ。包丁を使う妻の横で、私は野菜を洗う。時折、目が合うと微笑み合う。言葉少なな会話の中にも、深い愛情が流れている。
夕食の支度が整い、また二人でラグの上に座る。今度は、温かい夕食を囲んでの語らいだ。「明日は何を作ろうかしら」と妻が言う。「何でも美味しく作ってくれるから、僕は何でも嬉しいよ」私の言葉に、妻は照れたように微笑む。
こうして一日が終わっていく。明日もまた、このラグの上で新しい一日が始まる。私たちの穏やかな日々は、決して派手ではないけれど、かけがえのない宝物のように輝いている。
夜になり、ラグの上に月明かりが差し込む。私たちは明日も、このラグの上で幸せな時間を過ごすことができることを、静かに感謝している。長年連れ添った二人の心は、このラグの模様のように美しく織り合わされ、これからもずっと、共に歩んでいくのだろう。
コメント