窓から差し込む夕暮れの光が、部屋の中で徐々に色を失っていくのを、私たちは黙って見つめていた。古びたペルシャ絨毯の上で寝そべりながら、彼の温もりを感じる。これが最後になるのだと思うと、心臓が締め付けられるような痛みを覚える。
明日、彼は遠い街へ旅立つ。私たちの3年間の関係に終止符を打つことを、2週間前に決めた。互いの将来を考えた末の決断だった。彼には彼の道があり、私には私の生きる場所がある。現実は、時として残酷なまでに明確な選択を私たちに迫る。
ラグの上で横たわる私たちの影が、壁に映っている。かつては、この光景が当たり前すぎて気にも留めなかった。でも今は、その一瞬一瞬が胸に刺さるように痛い。彼の呼吸の音、髪の匂い、指先の温度。全てが愛おしく、全てが切なく、そして全てが儚い。
「君と出会えて良かった」彼がふと呟いた。その言葉に返事をする勇気が出ない。答えてしまえば、涙が溢れ出してしまいそうだから。代わりに、私は彼の手をそっと握った。掌と掌が重なる感触。これまで何度も交わしてきた仕草なのに、今日はどこか特別な重みを感じる。
窓の外では、街路樹の葉が風に揺れている。季節は確実に移ろい、時は容赦なく流れていく。この部屋で過ごした数え切れない思い出が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。初めて彼がこの部屋を訪れた日のこと。休日の朝、二人でコーヒーを飲みながら黙って本を読んでいた穏やかな時間。些細な喧嘩をして、このラグの上で仲直りをした夜のこと。
「もう少しだけ、このままでいていい?」私の声は、自分でも驚くほど掠れていた。彼は黙って頷き、私の肩を抱き寄せた。外の喧騒が遠くに消えていくような錯覚の中で、時計の秒針だけが容赦なく時を刻んでいく。
人生には、正解のない選択が山ほどある。私たちは、お互いを深く愛していながら、別れを選んだ。それが最善だと信じているから。でも、この決断が正しかったのかどうかは、きっと一生分からないまま。
夕暮れが深まり、部屋の中が紫がかった闇に包まれていく。街灯が灯り始め、その光が窓から差し込んでくる。もうすぐ、この特別な時間も終わりを迎える。彼は優しく私の髪を撫で、私は彼の胸に顔を埋めた。言葉にできない感情が、静かに心の中で渦を巻いている。
明日になれば、この部屋には私一人きりになる。このラグの上に残された思い出と共に、新しい日々を歩み始めなければならない。でも今は、この瞬間だけは、時が止まってくれることを祈りたい。
最後の夕暮れは、私たちに優しい光を投げかけていた。それは、まるで「これでいいんだよ」と諭すかのような、慈愛に満ちた光だった。人生には、失うことで学ぶ真実があるのかもしれない。そして時には、愛することと手放すことが、同じ意味を持つこともある。
やがて夜が訪れ、私たちは黙ったまま、互いの存在を噛み締めるように抱き締め合った。この温もりと、この痛みを、きっと私は生涯忘れることはないだろう。それは私の人生の、かけがえのない一部となって、永遠に心の中で生き続けるのだから。
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