窓の外では、小雪が静かに舞い落ちていた。私は一人暮らしのアパートの窓辺に座り、遠い日の記憶に浸っていた。あの頃の家族の温もりが、今では懐かしい夢のように感じられる。
十年前の冬の日曜日。リビングには大きな茶色のラグが敷かれ、その上で私たち家族は穏やかな時間を過ごしていた。母は編み物をしながら、時折微笑みを浮かべては私たち子どもの様子を見守っていた。父は新聞を広げながらも、私たち兄妹の会話に耳を傾け、時折温かなコメントを添えていた。
妹の優子は小学校三年生。私は中学二年生だった。優子は宿題の算数に苦戦しながらも、めげずに問題と向き合っていた。「お兄ちゃん、この問題わからないの」と言う優子に、私は少し得意げに教えていたことを覚えている。今思えば、あの時の私の説明は回りくどかったかもしれない。それでも優子は真剣な眼差しで聞いてくれていた。
母の編んでいた毛糸は柔らかな薄紫色で、完成すれば私のマフラーになるはずだった。針が動くたびに、毛糸が優しい音を奏でていた。時折、母は「もうすぐできるわよ」と私に微笑みかけ、その言葉に私は何とも言えない幸せを感じていた。
父は新聞を読みながらも、家族の会話に自然に参加していた。「今日の夕食は何にしようか」という母の問いかけに、「カレーがいいな」と答える父。「えー、昨日もカレーだったじゃない」と反論する優子。そんなやり取りに、みんなで笑い合った。
ラグの上には、優子の色鉛筆が散らばり、私の参考書が開かれ、父の読みかけの新聞と母の編み物道具が並んでいた。それは少し散らかっているようで、でも不思議と心地よい空間だった。窓から差し込む冬の陽射しは、この穏やかな光景を優しく照らしていた。
ストーブの温もりが部屋全体を包み、時折聞こえる風の音が、外の寒さを感じさせた。しかし、その寒さは私たちの居る空間をより一層温かく感じさせた。母が入れてくれた緑茶の香りが漂い、父が好きなジャズが小さな音量でBGMのように流れていた。
今、一人暮らしの部屋で、あの日のことを思い出す。母の編んでくれたマフラーは、今でも大切にしまってある。紫色は少し色褪せたけれど、編み目一つ一つに込められた愛情は、決して色褪せることはない。
父は三年前に他界し、母は実家で一人暮らし。優子は結婚して遠方で暮らしている。私たちはそれぞれの人生を歩んでいる。たまに電話で話すとき、母は「あの頃が懐かしいわね」とよく言う。確かに、あの頃の何気ない日常は、今では得難い宝物のように思える。
窓の外の雪は、いつの間にか止んでいた。私は立ち上がり、クローゼットからあのマフラーを取り出した。優しく首に巻くと、不思議と心が温かくなる。今度の休みには、母に会いに行こう。そして、あの頃のように一緒にお茶を飲もう。優子も誘って、できれば四人で集まれたらいい。
時は流れ、私たちは変わっていく。でも、あの日のラグの上での穏やかな時間は、永遠に私たちの心の中で生き続けている。それは、どんなに寒い日でも心を温めてくれる、かけがえのない思い出なのだ。
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