窓から差し込む夕暮れの光が、部屋の中を優しく染めていく。真新しいラグの上で、私と幼なじみの健一は向かい合って座っていた。柔らかな手触りのラグは、まるで私たちの会話を包み込むように、心地よい空間を作り出していた。
「このラグ、いい選択だったね」と健一が言った。彼は指先でラグの繊維をそっとなぞりながら、穏やかな表情を浮かべている。確かに、このラグを選んだ時から、部屋の雰囲気が大きく変わった。以前は少し殺風景だった空間が、温かみのある居心地の良い場所へと変わっていった。
「うん、本当にそう思う」私は答えながら、ラグの上に身を預けた。天井を見上げると、夕暮れの光が作る影が静かに揺れている。「覚えてる?私たちが子供の頃、よくカーペットの上で寝転がって星を数えていたの」
健一は懐かしそうに微笑んだ。「もちろん覚えてるよ。君の家の二階の部屋で、天窓から見える星を数えながら、将来の夢を語り合ったよね」
その頃の私たちは、まだ夢と現実の境界線が曖昧で、何でもできると信じていた。カーペットの上で語り合った夢の数々は、今でも鮮明に覚えている。健一は宇宙飛行士になりたいと言い、私は世界中を旅する写真家になりたいと話していた。
「結局、私たちの夢は少し形を変えたけれど」と私は言った。健一は建築家になり、私は地元の写真館で働いている。夢とは少し違う道を歩んでいるけれど、それでも私たちは自分たちの選んだ道を誇りに思っている。
「でも、こうして同じように語り合える場所があるってすごく贅沢なことだと思う」健一の言葉に、私は深くうなずいた。新しく買ったこのラグは、私たちの新しい物語の始まりの場所になっている。
窓の外では、街灯が一つずつ灯り始めていた。部屋の中は徐々に暗くなっていくが、誰も照明をつけようとはしない。この穏やかな薄暮の中で、時間がゆっくりと流れていく。
「このラグ、選ぶ時にずいぶん迷ったんだよね」と私は思い出を語る。「でも、この柔らかな色合いと質感に一目惚れして」健一は「うん、君らしい選択だと思う」と答えた。確かに、このラグは私の好みそのものだった。落ち着いた色調に、さりげない模様。でも派手すぎず、部屋全体の雰囲気を大切にしている。
「実は、この前の休みに実家に帰ったんだ」と健一が話し始めた。「あの古いカーペットまだ残ってたよ。少し色褪せてたけど」私は目を閉じて、あの頃の記憶を思い出す。放課後、いつも健一の家に寄って宿題をしたこと。カーペットの上で漫画を読みふけったこと。たまに眠ってしまって、健一のお母さんに起こしてもらったこと。
「懐かしいね」私はそっと呟いた。「あの頃は、こんな風に大人になって語り合うことになるなんて想像もしてなかったよね」
健一は「でも、不思議と自然なんだ」と言った。「こうして君と話していると、時間が経っても何も変わっていないような気がする」確かにその通りだった。年を重ねても、私たちの関係は少しも変わっていない。
ラグの上で過ごす時間は、まるで魔法のように現実世界から少し離れた特別な空間を作り出す。ここでは、日常の喧騒も仕事の心配も、すべて遠い世界の出来事のように感じられる。
「そういえば」と健一が思い出したように言った。「この間、街で見かけた家具屋さんで、昔うちにあったカーペットにそっくりなのを見つけたんだ」私は興味深そうに身を乗り出した。「へえ、どんなお店?」
健一は詳しく店の場所を説明してくれた。「今度の休みに、一緒に見に行かない?」その誘いに、私は迷わず頷いた。新しい思い出を作りながら、古い思い出も大切にしていける。それが私たちの関係の特別なところだと思う。
夜の帳が完全に下りる前の、この何とも言えない時間。ラグの上で静かに語り合う私たちの姿は、きっと誰かから見れば何の変哲もない光景かもしれない。でも、この穏やかな時間は、私たちにとってかけがえのない宝物になっている。
「そろそろ帰らなきゃ」健一が立ち上がろうとする。「また来週も来てよ」と私は言った。彼は微笑みながら「もちろん」と答えた。
ラグの上に残された僅かな窪みを見つめながら、私は今日の穏やかな時間を心に刻んだ。これからも、このラグの上で紡がれる物語は続いていく。それは、私たちの人生という大きな物語の、かけがえのない一ページとなるはずだ。
玄関で靴を履く健一の背中を見送りながら、来週もまた、このラグの上で新しい会話が生まれることを、私は静かに楽しみにしていた。
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