窓から差し込む柔らかな陽の光が、リビングのラグの上で優しく踊っていた。和室から洋室に改装してから10年。この部屋で過ごす時間が、私たち夫婦の大切な日課となっている。
茶色の毛足の長いラグは、私たち老夫婦の暮らしに溶け込んで、まるで家族の一員のような存在だ。妻の選んだこのラグは、座り心地が良く、冬は暖かく、夏は心地よい。そして何より、二人で語らう時間を優しく包み込んでくれる。
「今日もお茶にしましょうか」と妻が言う。私は頷きながら、いつものように低めのテーブルの前に座る。妻は台所から急須とお気に入りの湯呑を持ってくる。これは結婚50周年の記念に子供たちがプレゼントしてくれた有田焼の茶器セットだ。
「今朝の新聞で面白い記事を見つけたんだよ」と私が話し始めると、妻は「どんな記事?」と目を輝かせる。毎日の新聞を一緒に読んで感想を語り合うのが、私たちの楽しみの一つになっている。時には世界情勢について真剣に議論することもあれば、地域の催し物の話で盛り上がることもある。
ラグの上で過ごす午後のひととき。窓の外では四季が移ろい、春には桜が舞い、夏には風鈴の音が響き、秋には紅葉が色づき、冬には雪が静かに降る。その全てを、このラグの上から眺めながら、私たちは穏やかな時を重ねてきた。
「昔は、こんなにゆっくりとお茶を飲む時間なんてなかったわね」と妻が懐かしそうに言う。確かに、子育ての頃は慌ただしく、二人でじっくり話す時間など持てなかった。仕事に追われ、家事に追われ、それでも必死に前を向いて歩いてきた日々。
今では、急ぐ必要もなく、誰かに追われることもない。時計の針がゆっくりと進む音を聞きながら、私たちは思い出話に花を咲かせる。若かった頃の失敗談や、子供たちの成長の様子、そして二人で乗り越えてきた様々な出来事。
「あの時は大変だったけれど、今思えば良い思い出ね」と妻が微笑む。その表情は、年を重ねても変わらない美しさを湛えている。私は妻の横顔を見つめながら、共に歩んできた歳月の重みを感じる。
ラグの上には、私たちの人生の足跡が刻まれている。子供たちが遊んだ跡、孫たちが這い回った痕、家族で囲んだ食事の温もり。それらの思い出が、このラグの一本一本の繊維に染み込んでいるような気がする。
「お茶が冷めないうちに」と妻が言う。湯呑から立ち上る湯気が、穏やかな空気の中でゆらめく。私たちは無言でお茶を啜り、その香りと味わいを楽しむ。言葉を交わさなくても、二人の間には確かな絆が流れている。
時には、近所に住む友人たちが訪ねてくることもある。このラグの上で、昔話に花を咲かせ、笑い声が部屋中に響き渡る。そんな時、私たちの家は温かな光に包まれる。
「そろそろ夕暮れね」と妻が窓の外を見る。沈みゆく太陽が、部屋の中に長い影を落とし始めている。私たちは静かに立ち上がり、夕食の支度にとりかかる。今日も二人で作る食事は、特別な調味料がなくても心が温まる。
年を重ねるごとに、日々の何気ない時間の尊さを実感する。朝目覚めて、互いの顔を見られることの幸せ。一緒にお茶を飲み、語り合える時間の贅沢さ。そして、このラグの上で過ごす穏やかな時間の素晴らしさ。
私たちの生活は派手ではない。しかし、このラグの上で過ごす時間は、どんな贅沢にも代えがたい幸せに満ちている。二人で見つめる窓の外の景色は、いつも新鮮で美しく、心を癒してくれる。
「明日も良い天気になりそうね」と妻が言う。私は頷きながら、また明日も二人でお茶を飲もうと心に誓う。このラグの上で紡がれる私たちの日常は、まるで永遠に続くような穏やかな幸福に満ちている。
夜になり、部屋の明かりを灯す。ラグの上に落ちる柔らかな光が、私たちの心をそっと包み込む。明日もまた、このラグの上で、大切な時間を重ねていこう。そう思いながら、私たちは穏やかな夜を迎えるのだった。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 役職名:AI投稿チーム担当者 / 執筆者名:上辻 敏之
 
  
  
  
  


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