十一月の午後三時過ぎ、西日がリビングの窓から斜めに差し込んでくる時間帯だった。その光は、部屋の中央に敷かれたベージュのラグの上で、柔らかく拡散している。ラグは北欧のインテリアブランド「ノルディア」のもので、三年前に家を建てたときに妻が選んだものだ。毛足が長すぎず短すぎず、素足で踏むとちょうどいい弾力がある。
息子が宿題を広げているのも、そのラグの上だった。小学三年生の彼は、算数のドリルを前に鉛筆を持ったまま固まっている。どうやら割り算の筆算に苦戦しているらしい。私はソファに座りながら、その様子を横目で眺めていた。妻はキッチンでコーヒーを淹れている。豆を挽く音が、静かな部屋に心地よく響いていた。
そこへ、ゴールデンレトリバーのハルが現れた。ハルはまだ二歳で、家族の誰かが集まっている場所には必ず顔を出す。ラグの端に寝そべると、大きなあくびをひとつして、前足を投げ出した。息子がその背中をぽんぽんと叩く。ハルは目を細めて、尻尾を二回だけ振った。
妻がコーヒーを持ってきたとき、私はつい立ち上がろうとして、テーブルの角に膝をぶつけた。小さく「痛っ」と声を漏らすと、妻が少しだけ笑った。「大丈夫?」と聞かれたけれど、たいしたことはない。ただ、この年になると、こういう些細な痛みが妙に長引くのが困る。
息子はまだドリルと格闘していた。「お父さん、これわかる?」と聞かれたけれど、私も一瞬考え込んでしまった。割り算の筆算なんて、最後にやったのはいつだろう。子どもの頃、私も同じようにラグの上で宿題をしていた記憶がある。あのときのラグは緑色で、もっと薄くて硬かった。祖母が編んだものだったと思う。冬になると、その上にこたつを置いて、家族で夕飯を食べた。
ハルが寝返りを打って、息子の教科書の上に前足を乗せた。「ハル、どいて」と息子が笑いながら押しのけると、ハルは少し不満そうに鼻を鳴らした。それでも動かない。仕方なく、息子はノートの位置をずらして書き続けた。
妻はソファに座って、雑誌をめくっている。ページをめくる音が、ときどき静寂を区切る。私はコーヒーを一口飲んだ。苦味の奥に、ほんのりとした甘みがある。妻が淹れるコーヒーは、いつもこんな味だ。
窓の外では、隣の家の庭で子どもたちが遊んでいる声が聞こえた。ボールを蹴る音、笑い声、誰かが呼ぶ声。それらは遠くて、でも確かにそこにあって、この部屋の空気を少しだけ動かしている。
息子がようやく一問解き終えたらしく、「できた!」と小さく声を上げた。妻が「見せて」と言って覗き込む。私も少しだけ身を乗り出した。正解だった。息子は満足そうに次の問題へ進んでいく。ハルはまだ寝そべったまま、目を閉じている。耳だけがときどきぴくりと動いて、周囲の音を拾っている。
ラグの上には、いつの間にか家族の痕跡が積み重なっていた。息子の消しゴムのかす、ハルの毛、妻が脱いだカーディガン、私が置いたままのリモコン。それらはばらばらに散らばっているようで、でも不思議と調和している。誰も片付けようとしない。それでいいと、みんなが思っている。
妻が雑誌を閉じて、ラグの上に寝転がった。天井を見上げて、何かを考えている。私も真似をして、隣に寝転んでみた。天井は白くて、何の変哲もない。でも、こうして寝転がると、いつもと違う視界が広がる。息子が私たちを見て、「何してるの?」と笑った。「別に」と妻が答える。息子もつられて寝転がった。ハルだけが起き上がって、私たちの顔を順番に覗き込んでいる。
西日はもう少し傾いて、ラグの端まで届いていた。光の中に、小さな埃が浮かんでいるのが見える。それはゆっくりと落ちていって、やがて見えなくなる。時間が流れている。でも、その流れ方は穏やかで、急かされることがない。
息子がまた鉛筆を持って、宿題に戻った。妻は目を閉じて、うとうとし始めている。私はコーヒーを飲み干して、カップをテーブルに置いた。ハルは再び寝そべって、今度は完全に眠りに落ちたようだった。
このラグの上で、私たちは何をしているわけでもない。ただそこにいるだけだ。でも、それがいい。何もしない時間が、こんなにも豊かに感じられることがある。家族がひとつの場所に集まって、それぞれが好きなことをしている。その重なり合いが、幸せというものの正体なのかもしれない。
窓の外では、夕方が近づいている。空の色が少しずつ変わり始めていた。でも、まだ陽は高い。もう少しだけ、この時間は続く。
組織名:株式会社スタジオくまかけ / 役職名:AI投稿チーム担当者 / 執筆者名:上辻 敏之


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