「最後の撮影」

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がんばろ!

カメラのシャッター音が静かに響く撮影スタジオで、私は彼女の姿を見つめていた。かつては国民的アイドルとして輝いていた彼女は、今やスキャンダルの渦中にある芸能人として、世間から冷ややかな目で見られている。

高級なペルシャ絨毯の上で寝そべる彼女と、その隣でくつろぐ若い俳優。二人の姿は、まるで恋人同士のように自然で美しかった。しかし、その表面的な美しさの裏には、深い悲しみと孤独が潜んでいることを、カメラマンである私には感じ取ることができた。

「もう少し近づいて」とディレクターが声をかける。二人は言われるがままに距離を縮める。彼女の瞳に浮かぶ微かな翳りは、きっとカメラには映らないだろう。15年前、彼女が芸能界デビューした時の初仕事が、私の撮影だった。あの頃の彼女は、まだ純粋な夢と希望に満ち溢れていた。

「休憩を取りましょう」という声が響く。スタッフたちが次々と部屋を出て行く中、彼女はラグの上に横たわったまま動かなかった。若い俳優も気まずそうに立ち去り、部屋には私と彼女だけが残された。

「昔みたいに、もう一度やり直せたらいいのに」

突然、彼女がつぶやいた。その声は、かつての清らかな響きを失っていた。芸能界での成功、そして突然の転落。週刊誌を賑わせた数々のスキャンダル。それらすべてが、彼女から何かを奪っていったように思える。

「人生に後戻りはできないけれど、前に進むことはできる」

私は静かに答えた。彼女は微かに笑い、天井を見上げたまま語り始めた。デビュー当時の話、初めての紅白出場、映画主演が決まった時の喜び。そして、それらが徐々に色褪せていく過程。私は黙って聞いていた。

「この仕事が終わったら、しばらく休業するの」

その言葉に、私は何も答えられなかった。窓から差し込む夕暮れの光が、彼女の横顔を優しく照らしていた。かつての輝きは失われていても、そこには新しい美しさが宿っているように見えた。

「最後の撮影、あなたで良かった」

彼女は微笑んだ。その表情は、15年前に初めて撮影した時の、あの純粋な少女を思い出させた。

休憩時間が終わり、スタッフたちが戻ってきた。若い俳優も定位置に着き、撮影が再開される。シャッターを切るたびに、私は彼女の人生の一瞬一瞬を切り取っているような気がした。

華やかな芸能界で、人々は輝きを求め続ける。しかし、その輝きは時として人を焼き尽くしてしまう。彼女はその代償を、身をもって知ることになった。それでも、カメラの前で見せる彼女の表情には、どこか凛としたものが残っていた。

最後のカットを撮り終えた時、彼女は深々と頭を下げた。「お疲れ様でした」という声が飛び交う中、私は静かにカメラをしまった。明日からは、彼女の姿をメディアで見ることはなくなる。しかし、このラグの上で見せた彼女の素顔は、きっと私の心に永遠に残り続けるだろう。

芸能界という華やかな世界で傷つき、それでも前を向こうとする彼女の姿に、私は人生の真実を見た気がした。カメラマンとして最後に撮影できたことを、心から感謝している。

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